
高野山真言宗の寺院、東樹院(とうじゅいん)が運営する霊園です。
緑豊かで開放感のある墓地となっています。
東樹院墓地 永代使用料
| 墓地平米数 | 永代使用料 |
| 0.25㎡ | 200,000円 |
| 0.35㎡ | 280,000円 |
| 0.68㎡ | 544,000円 |
| 1.00㎡ | 800,000円 |
| 1.50㎡ | 1,200,000円 |
| 2.30㎡ | 1,840,000円 |
| 3.00㎡ | 2,400,000円 |
| 入壇料 | 70,000円 |
※別途年間護寺会費(墓地掃除代・墓地管理料含む)は一律17,000円となります。
※墓石工事費は石種・デザインにより異なりますので、別途お見積りさせて頂きます。
一般墓地だけではなく、永代供養墓の販売も行っております。
東樹院墓地へのアクセス
東樹院墓地の概要
- 経営団体:東樹院
- 開園年:創建から約900年
- 宗教:真言宗へ入檀が必要
- 総区画数:400区画
- 所在地 〒234-0052 神奈川県横浜市港南区笹下2-24-17
歴史ある寺院に守られる霊園という価値
横浜市港南区笹下にある東樹院(関宮山 東樹院 寂静寺)は、高野山真言宗に属する寺院として、地域の信仰と供養を長い年月にわたり支えてきた歴史あるお寺です。
霊園・納骨の場としての価値は、単に「場所が整っている」という点にとどまりません。寺院として積み重ねてきた歴史と、供養が継続していく基盤そのものが、大きな安心につながっています。
創建と再興の歴史
東樹院は、大治2年(1127年)に沙門順玉が創建したと伝えられています。現在に至るまで約900年にわたり、この地で祈りと供養が重ねられてきた歴史ある寺院です。
その後、時代の変遷とともに一時衰廃したものの、弘治年間(1555年~1558年)に沙門至順がこれを嘆き、笹下城主・間宮豊前守の助力を得て再興されたと伝えられています。
創建から再興、そして現在へと続く約900年の歩みは、地域において祈りと供養が途切れることなく受け継がれてきたことを物語っています。
火災と再建を経て受け継がれてきた信仰
東樹院は、幾度もの火災と再建を経験しながら現在に至っています。
- 元禄7年(1694年) 民家からの出火により類焼し、多くの什宝や古文書を焼失
- 元禄9年(1696年) 本堂(客殿兼用)を再建
- 享保4年(1719年) 庫裡など諸堂が整備される
- 明治17年(1884年) 大火により堂宇・本尊・什宝を焼失
- 明治20年(1887年) 本堂兼帯の庫裡を再建
こうした再建の歴史は、寺院が地域の信仰に支えられ、守り続けられてきた証でもあります。
霊場札所としての位置づけ
東樹院は、
- 金沢三十四ヶ所観音霊場 第28番札所
- 東国八十八ヶ所霊場 第70番札所
としても知られ、巡礼文化の中でも重要な位置を占めています。
このことは、東樹院が単なる地域寺院ではなく、広く信仰を集める祈りの拠点であったことを示しています。
伝承と地域に根ざした寺院
東樹院には「文福茶釜(ぶんぶくちゃがま)」の伝承が残されており、古くから地域の人々に親しまれてきました。文福茶釜とは、茶釜に化けた狸が人々を助け、恩に報いるという民話として広く知られていますが、東樹院ではこの物語が寺院と土地の記憶に結びついたかたちで語り継がれています。
伝承によれば、困窮する人を救うために不思議な力を示した茶釜の存在は、「施し」や「慈悲」といった仏教的価値観と重なり合い、人の世の苦しみに寄り添う象徴として受け止められてきました。単なる昔話ではなく、弱き者を見捨てず、報いを求めずに助けるという精神が、寺院の教えとともに地域に根づいてきたとされています。
こうした文福茶釜の伝承が今も語られていることは、東樹院が単なる宗教施設ではなく、土地の歴史や人々の心のよりどころとして生き続けてきた存在であることを示しています。霊園として見たときにも、このような長い語りの積み重ねが、静かな安心感と親しみをもたらしています。
霊園の特徴としてのまとめ
東樹院の霊園は、1127年創建と伝わる歴史ある寺院に守られ、祈りの連なりの中で供養が行われる場です。
時代の変化や災禍を乗り越えながら受け継がれてきた寺院の歴史そのものが、将来にわたって供養が続いていくという安心感につながっています。
歴史ある寺院に見守られ、静かに祈りが積み重ねられていくこと。
それが、横浜・笹下の東樹院の霊園が持つ本質的な価値です。
ご見学ご案内ご希望の方へ
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